1978年6月25日リリース
作詞:桑田佳祐
作曲:桑田佳祐
編曲:斉藤ノブ & サザンオールスターズ
「勝手にシンドバッド」(かってにシンドバッド)は、サザンオールスターズのデビューシングル。アサヒ飲料「三ツ矢サイダー」CMソング(1980年と2018年)に起用された。
ラテン・ロックをベースにした楽曲。イントロなしで「ラララ…」から始まる歌い出しであるが、この「ラララ…」は後から付け足されたもので、曲制作の段階では含まれていない部分だった。
歌詞は鎌倉から茅ヶ崎への帰りがけの海沿いの風景を歌っており、歌詞中の「胸騒ぎの腰つき」については当時のディレクターから「意味が分からない」と指摘され、「胸騒ぎ残しつつ」や「胸騒ぎのアカツキ」といった意味の通りそうな言葉を提案されたが、桑田が「絶対大丈夫だから」と説得しそのまま使われたという逸話がある。
早口言葉で何を歌っているのか分からない歌詞に、視聴者からも歌詞の聞き取りにくさを指摘する意見が相次ぎ、聞き取りにくくても歌詞が判るようにするため、テレビ局側は歌詞テロップを出すようになった。現在は、放映される曲に対して歌詞テロップを出すことがごく当然のようになっているが、これは本楽曲の聞き取りにくさから始まったとされている。
曲名は、当時ヒットしていた沢田研二の「勝手にしやがれ」とピンク・レディーの「渚のシンドバッド」を「2つくっつけただけ」のものであると言われており、TBS系バラエティ番組『8時だョ!全員集合』の「少年少女合唱団」コーナーにあった、1977年から78年ごろの志村けんのネタの1つ『勝手にシンドバッド』から拝借したと後に語られた。志村の死去後、桑田は志村を偲び「パクリのパクリでございます」「志村けんさんがいなければ我々も表舞台に出てきていないと思います」と述べている。
メンバーは青山学院大学で結成され、1974年から断続的に活動が始まった。1978年に「勝手にシンドバッド」でメジャーデビュー。1979年に「いとしのエリー」が大ヒットし、1980年代には 「チャコの海岸物語」「Bye Bye My Love (U are the one)」などがヒットした。
1990年代になると「涙のキッス」「エロティカ・セブン」「あなただけを 〜Summer Heartbreak〜」「愛の言霊 〜Spiritual Message〜」の4作がミリオンセラーとなり、2000年には「TSUNAMI」がダブルミリオンを記録。
バンド名の由来は、桑田がアマチュア時代に藤沢青少年会館で行われたコンサートに向けてバンド名を考えようとしたが思い付けず、宮治淳一がポスターを作った際に間に合わせ的に命名し当日に桑田本人に伝えたもの。
宮治がニール・ヤングの『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』をBGMにしてポスターを製作中、一息入れるために風呂でラジオを聴いていた際にファニア・オールスターズの来日コンサートの宣伝が流れ、風呂から上がった際につけっぱなしのレコードからニール・ヤングの「サザン・マン」が流れていて、これを組み合わせた際の響きが良い事と、当時桑田の家が茅ヶ崎市南湖(なんご)にあった事に掛け、「サザンオールスターズ」という名前を考え出した。
メンバー:桑田佳祐、関口和之、松田弘、原由子、野沢秀行
活動期間:1977年 ~ 1985年、1988年 ~ 1993年、1995年 ~ 2000年、2003年 ~ 2006年、2008年、2013年 ~
※情報はウィキペディアより
※2026年3月時点の情報









