近江俊郎/湯の町エレジー

この記事は約5分で読めます。

1948年7月中旬リリース。
作詞:野村俊夫
作曲:古賀政男

ギター伴奏による古賀メロディーの代表的な一曲。ギター伴奏を行っているのは、作曲した古賀政男自身と弟子の古屋雅章(山本丈晴)である。ギターの音色を特徴とする「古賀メロディー」を代表する曲であり、同時に近江俊郎の代表曲ともなり、彼の人気を不動のものにした。しかし、玉置宏によると、当初は霧島昇が歌うのを想定して作られた曲であるとのこと。

近江俊郎はレコーディングの際、歌い出しの低音がうまく出せず、23回のNGを出したというエピソードがある。用意された原盤が最後の1枚になったところでようやくOKをもらった。発売当時、40万枚という、当時としては驚異的なレコード売上枚数を記録した。

当初、「湯の町ブルース」の曲名で会社から発注されたが、作曲した曲がブルース調にならなかったためタイトルが変更された。

本曲をモチーフとして、1949年5月に東宝が『湯の町悲歌(エレジー)』を近江俊郎の主演で製作・公開した。

本曲に続いて、同じ作詞者・作曲者コンビによるエレジーソング第2弾「シベリヤ・エレジー」が伊藤久男の歌でレコーディング・発売された。

Amazonで無料で曲を探す

近江 俊郎(おうみ としろう)

歌手、作曲家、映画監督。本名は大蔵 敏彦(おおくら としひこ)。兄は新東宝、大蔵映画社長を務めた大蔵貢、姉はコロムビア専属歌手となった香取みほ子。孫にアイドルグループ「エレクトリックリボン」の元メンバー、ericaがいる。

生誕:1918年7月7日
出身地:東京都
活動期間:1940年 ~ 1992年


※情報はウィキペディアより
※2020年12月時点の情報

タイトルとURLをコピーしました