美川憲一/新潟ブルース

この記事は約6分で読めます。

1967年8月10日リリース
作詞:山岸一二三
作曲:山岸英樹
編曲:小杉仁三

美川憲一の7枚目のシングル。「柳ヶ瀬ブルース」、「釧路の夜」と並ぶ、美川憲一のご当地ソングヒット曲のひとつである。新潟県新潟市中央区下大川前通の萬代橋傍に『新潟ブルース』の歌碑がある。

Amazonで無料で曲を探す

美川 憲一(みかわ けんいち)

古賀政男の指導を受け、1965年「だけどだけどだけど」で歌手デビュー。デビューは青春歌謡路線であり、当時は男装・美少年キャラクターであった。

芸名の「美川」は愛知県・三重県・岐阜県を流れる木曽川・揖斐川・長良川の3つの美しい川にちなむ。美川自身は長野県出身で2歳から東京に居住し、岐阜とは何の縁もなかった。デビュー当時のプロダクションの担当者が岐阜出身であり、岐阜に由来する芸名を付けられた。「川のように息が長く、美しい歌手であるように」という意味が込められている。

生誕:1944年5月15日
出身地:長野県諏訪市

活動期間:1965年~


※情報はウィキペディアより
※2021年2月時点の情報

タイトルとURLをコピーしました