KinKi Kids/硝子の少年

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1997年7月21日リリース
作詞:松本隆
作曲:山下達郎
編曲:山下達郎

「硝子の少年」(がらすのしょうねん)は、KinKi Kidsのデビューシングル。1997年に設立されたレコード会社「ジャニーズ・エンタテイメント」から初めて発売された作品でもある。

既にアイドルとしてキャリアがあったKinKi Kidsの満を持してのデビューシングルとなる本作の製作にあたり、松本隆と山下達郎にはジャニー喜多川らから「オリコンチャートでの初登場1位」と「ミリオンセールス」が必要最低条件として課された。そのため、山下は「この楽曲を製作する時は、かなりのプレッシャーだった」と語っている。

KinKi Kidsは後日「ターニングポイントとなった曲」として、2001年に発表した二人の共作曲『愛のかたまり』とこの曲の2曲を挙げている。しかしこの曲の強烈さが印象に残りすぎて、11枚目のシングル『ボクの背中には羽根がある』と出会うまで、当時は方向性に悩んでいたという。

オリコン週間ランキングで、初週31.5万枚を売り上げ、初登場1位を獲得した。CD累計売上は179.2万枚(オリコン調べ)を記録。近藤真彦の『スニーカーぶる〜す』以来、2作目のミリオンセールスとなった。ジャニーズ事務所は、再度ミリオンセールスを達成する事は悲願であったと同時に、平成時代最初のミリオンセールスとなった。

KinKi Kids(キンキ キッズ)

1991年5月5日、それぞれ姉が送った履歴書がきっかけで呼ばれ、光GENJIのコンサートを観に来て横浜アリーナで出会った2人は、同時に事務所入りを決めた後も、同じ苗字ということで当初から揃って活動することが多かった。
主に光GENJIやSMAPのバックで活動していたが、正式なグループ名が決まる前までは、「ジャニーズ関西組」、「堂本ブラザーズ」、「W堂本」など様々な呼び名が使われていた。そして、中居正広司会の『キスした?SMAP』第1回放送(1993年4月4日)にて、正式に「KinKi Kids」というグループ名が発表された。ちなみに2人共、グループ名に関してはもらった当時、「俺ら終わったな」と落胆したと話している。

1997年7月21日、シングル『硝子の少年』、アルバム『A album』の同時発売でCDデビューし、共にオリコン初登場第1位を獲得、ミリオンセラーを達成した。デビュー以降に発売したシングルは全て、オリコンで初登場1位を記録。『硝子の少年』・『愛されるより 愛したい』・『全部だきしめて/青の時代』・『フラワー』の4作はミリオンセラーを記録し、出荷枚数ではデビュー作から11作連続で100万枚を超えている。
2020年6月17日に発売した『KANZAI BOYA』でデビューシングルから42作連続で初登場1位を獲得。同作までの42作連続1位記録がギネスに登録されている。

ジャニーズ事務所にとって初のデュオ、そして初の関西(近畿地方)出身のグループであるなど何かと初が多い。2人とも同じ1979年生まれだが、学年(学齢)としては光一の方が剛よりも1つ上になる。また、2人の姓は同じ「堂本」だが縁戚関係はなく、全くの他人である。

KinKi Kidsの表記は「K」は全て大文字。また、KinKiという単語は英語圏ではkinky(変態)に語感が似ているため、2人が自らネタにすることがある。「Ki」が3つ並んでいることにより、ファンクラブ名は「[Ki]×3」(ケーアイバイスリー)と命名。会員番号は1番が光一、2番が剛。

メンバー:堂本光一、堂本剛
活動期間:1993年 〜


※情報はウィキペディアより
※2021年4月時点の情報

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